お坊さんをレンタルしてもらったり葬式を簡単に済ませようという風潮についてちょっと考えてみた

“終活”という言葉がメジャーになっていますね。

身内でお葬式を出したことがある人なら理解できるでしょうが、人が死んでからの1年間ぐらいでかかる費用って、バカにならないんです。

そのなかでもタイヘンなのが、葬式です。

臨終に際してバタバタして入り用だったのに、亡くなって1週間以内にいろいろとかたづけなければならない用事が山積みなのです。

そのなかでもナーバスなのが、お見送りの儀式。

そういう世情を反映してか、昔ほどドンチャンするような傾向がなくなってきたようです。

その傾向に拍車がかかっているという噂も……。

こんな記事を最近、見かけるようになりました。

 

 

核家族化が進むことで、これまで縁が薄かった親類のお見送りが回ってくる可能性も高くなってきたということかもしれません。

ポスティングのチラシのなかにも、不動産情報に混じって、会員制の葬儀や、こうした家族葬・直葬の広告を見かけるようになりました。

そういえば、お寺さんとのお付き合いどころか、お墓もない世帯が増えていたわけですから、葬式で困ってしまうことも多発しているみたいです。

身内が生きているうちは通夜で誰にお経を上げてもらうのかなんて考えるわけないですから、当然と言えば当然。

そこで、エキストラ的な、あるいはリース的なことを考えるのも、いまのご時世では当然と言えば当然。

Amazonをポチすれば、すぐに問題は解決するというご時世であります。

 

 

このサービス、実はお坊さん側のニーズも高いようです。

人口減少だけでなく、世襲以外のお寺で檀家をもたないお坊さんがけっこういるという話。

 

そういえば……。

 

 

私は前に住んでいた街で町会活動などをしていたので、毎月のように第三者のお葬式の手伝いをしていた時期があります。

お通夜は酒が飲めて、集まっているのはいつも顔を合わせる町会の連中ですから、そのまま会合の延長みたいなことにもなるので、一石二鳥だったりするんです。

そんな手伝いをしていると、葬儀社の手配の仕方なんかも自然と耳に入ってきて、「今日は100人ぐらいかな」とか、「200人を超えるようならお清めを増やさないと」などと、葬儀の予算建てみたいなものが理解できるようになってきます。

一般に、葬儀社が見積もりを出さないといって不評のようですが、その仏様の交友関係の広さでかなり予算も変動するので、ありきたりの数字は出せないというのはわかるんですね。

わかりやすく例えれば、結婚式の披露宴のように、参列者がきっちりと数えられたら、見積どおりにやりますと言えるわけです。

その参列者ですが、やっぱり100人以上になれば、それなりの人員配置も用意するものも必要になるので、当然のように費用はかさみます。

コース料理は出さないとは言え、ホテルの披露宴の半分ぐらいが葬儀の平均的なコストなんじゃないでしょうか。もちろん、地域によってはもっと「盛る」ところもあるでしょう。

そうなると、縁が薄い仏様の葬儀を任される身にとっては、よりリーズナブルに済ませたいというニーズが発生するわけです。

さすがに火葬場で済ませる直葬は、故人の知り合いが少しでもいる場合には選びにくいでしょう。

そうなると、やっぱりお坊さんは「付きもの」ということになることは十分に考えられます。

ただし、今後はディスプレイに映し出された「テレビ電話お経サービス」というのが葬式派遣のオプションに加わるはずです。

その先は、アンドロイドかな。意外に早く実現するかもしれませんね。

そうなると、やっぱりお坊さんは受難の時代が続くのかもしれません。

確かに、教義に則った旧態の画一的な「教え」では、時代に合ったカウンセリングができないということになるのでしょう。

だから、問題はやっぱりAmazonではないはずなんです。